2011年6月25日土曜日

国境を越える文化

義弟の通夜と葬式に、シューマンやブラームスの音楽を使ったと言ったら、「日本人が西洋古典音楽を本当の意味でこころから楽しむことができるのか?」という軽い非難めいたメールが来た。

●私の妻の父親(秋田県)のお通夜で流れた音楽…は御詠歌でした。親類や近所の人たちが薄暗い座敷に集まって棺に向かいそれぞれに御詠歌の歌詞の手書きのコピーを持ち、一人の先導者が1行目の最初のフレーズをゆるゆると読み上げると残り全員が声をそろえ抑揚を合わせてゆるゆると歌いだす。同じ抑揚が5番、10番と繰り返される。秋田の山間部の伝統的(といってもたかだか100年くらいではなかろうか)な葬儀。自分たちでうたう、というところが、地域住民の信仰心の深さと近代的思想や都市文化などからの距離感とを印象づけます。●●

なるほどね。でも、これって本当に「日本」のイメージなのだろうか? むしろ、私にとっては珍奇な「民俗」にしか思えない。そもそも「御詠歌」なんて今まで聞いたことはないし、「秋田の山間部の伝統」だと言われても、どうやって一体化したらいいか……

私自身は「御詠歌」より、西洋古典音楽を聞いていた時間総量の方が圧倒的に長いしね。子供の時にピアノを習っていて、モーツァルトやベートーヴェンだったし、メロディーはすぐ口について出る。ときには、作品番号なども知っている。キューバに行ったときも、ホテルのビアニストに5ドル渡して「K310の第一楽章弾いてね」とリクエスト。いわば、クラシック音楽は、自分の文化教養の一部になっている。でも「御詠歌」とはどこで縁を見つければいいのか?

そもそも、「日本vs.西洋」という図式を、私たちは何の疑問もなく使っているけど、これがどれだけ有効か、疑わしい。「日本」も一枚岩ではなく、むしろところどころに亀裂が走っている。ある部分は、秋田の山奥より、外国に親近感を持つ。世界は国家や民族だけで区切られるのではない。共有する文化でも区切られるのだ。

この間も、オーストラリアンの建築家とインドネシア人の舞踊家と昼飯を食っていたら、何かのはずみで「日本語にオノマトペはたくさんあるんだろ?」という話になった。そこで、日本語の擬音語・擬態語の説明をしたら、「インドネシア語ではこうだぜ」とか「英語ではね」などと結構盛り上がった。「俺たちってeducated menだな」と建築家はニコニコ。「ああ同類に出会った」という満足げな顔つきをする。考えてみれば、たしかに擬音語・擬態語について英語でしゃべり、インドネシア語と比較して冗談を言いあう人間たちにはそれなりの背景がある。そういう人間が、その場にはたまたま四人もいるのはほとんど奇跡に近い。

だから、その建築家の頭の中では、世界は自国人vs.自国人以外という国籍の対立ではなく、educatedかnon-educatedかという文化の軸で分けられている。educatedの教養には、当然「西洋古典音楽」も入る。現に、そこにいたインドネシア人に「好きなピアニストは?」と聞いたら「アンヌ・ケフェレック」と即座に答えた。こんなフランスの閨秀ピアニスト(こういう言い方がぴったりする人なんだな)、知っている日本人なんて、どれくらいいる? どうして、こういう人たちの楽しい集まりより、「日本人」なる訳が分からん観念の共同体を選ばねばならないのか?

そういえば、義弟も「俺は無宗教だから、お経だけは読んでくれるな」という遺言を残したので、敬虔な東本願寺の門徒であるその父親との間で一悶着あったらしい。親子にしてさえ、この通り。ましてや「同じ日本人」など、どれくらい信頼できるものなのか、私には分からない。 

ところで、私が葬送の音楽として選んだのは、シューマンの交響曲二番の第三楽章、ブラームスの交響曲三番の第二、三楽章、モーツァルトの交響曲38番第二楽章。それにシュッツの「キリストの七つの言葉」。最後を除けば「世俗音楽」だ。しかし、参加者は、そこに人間の生き死にを感じてくれたのか、「シンプルでいい式でした」と言ってくれた。これは西洋音楽の換骨奪胎だと思う。宗教とか地域とかの違いとは関係なく、音楽の「精神」に共鳴しているのである。

これはアートでも同じだった。昔はゴッホとか、ゴーギャンとか「泰西名画全集」で見るしかなくて、そこにコンプレックスをかき立てられたものだった。小林秀雄の『ゴッホの手紙』や『近代絵画』では、そんなコンプレックスに対して、どう居直るか、模索している様子が涙ぐましい。しかし、時代は変わった。ゴッホもゴーギャンも今は直に見ることが出来る。もう「泰西名画」ではなく、人類の美的遺産、はやりの言葉で言えば「世界遺産」と化しているのである。

私が信じる「日本人」は、そういう共鳴能力がある人々であって、原イメージにこだわってアイデンティティを確保しようとする「日本人」ではない。19世紀半ばに開国してから、日本は西洋にcatch upしようとしてきた。もちろん、それを「根の浅い近代化」だという批判もあろう。でも、いくら根が浅かろうが、150年も続ければ、もう我々の身体に食い込んでいる。だから「より古い日本」をエキゾチックと感じ、「伝統的日本」とは隔たりを感じる日本人がいても仕方がない。その意味で、私も「根の浅い日本の近代主義者」を運命として生きていくしかないのだろう。

さて、夏ももうすぐ。「法科大学院 小論文 夏のセミナー」「大学入試 慶應・難関大 夏のプチゼミ」の参加者募集しています。日本人だからといって「よい日本語」を書けるとは限らない。むしろ、「よい日本語」を書くには、それなりの文化資本を獲得するプロセスが必要なのです。我々は日本人に生まれるのではない。日本人になるのである。ボーヴォワールの言葉をもじっていえばそういうことね。

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