今年になってから、一気に世界が不安定化しました。大きな原因はトランプ政権でしょう。「相互関税」とかいう理屈でアメリカへの輸出を制限する。それがいやなら「取引に応じろ!」と相手を屈服させる。
上手く行っているとは思えません。「関税」の本格的発動は何度も延期され、その裏で物価は上昇を続け、GDPも落ち込む。関税は原理上価格に転嫁されるので、インフレは必然。企業に圧力を掛けて価格を上げさせまいとする。世界の不条理をまざまざと感じさせます。
10年程前、ヨーロッパに行った時、フランス在住の陶芸家の家に泊まりました。周囲はまったくの田舎で退職者たちが住んでいます。仕事がないので、若者はいられない。ただ、どの人たちも感じが良い人ばかりで、「この地域に来た初めての日本人だ」と歓迎してくれました。
500m先に住んでいる夫婦は、旦那さんがもう80歳を超えて、元ウクライナ移民。「アペリティフ飲みにおいでよ」と言うので、夕方に行ったら、いきなり「移民問題」の大議論になりました。
驚いたのは、ウクライナ出身の移民の彼が大の移民嫌いだということです。「今の移民は質が悪い、もう移民は禁止すべきだ」と言う。いや、だって自分が移民だったでしょ、と突っ込まれるが、まったく動じない。「俺の頃は優秀な人たちが来た。だから自分も成功した。だが、今の移民はクズだ」と。
彼は生活も安定し、フランス人女性と結婚したのだけど、そうなる権利を他の同国人にも認めない。どう考えてもおかしいのだけど、本人は大真面目。信じて疑わない。もし、私たちが移民して彼の隣に住んだら、差別されること必定でしょう。
友人は「良い人たちだけど、私たちと違ってNon-educatedなんでね」と言います。生活を安定させるために必死で働いて、年金で暮らせる今の生活を築いた。その実感の方が大切なのでしょう。自分の成功は、フランスの唱導する公平とか平等とかのおかげなのかもしれないとは考えもしない。
その点では、トランプも同じかも。世界の自由や公平が基盤となって自分が成功したかも、と思いもせず、ひたすら「頑張った自分」の実感に立てこもる。それができない他人はクズだと。
こういう偏見を壊して全体を見させるのはEducationなのだけど、彼には教育が身につかない。法も経済も理解しないで、がむしゃらに自分の思うことを行う、それがどんな混乱を引き起こすかも頓着しない。
インターネット後の世界は「新しい中世」とも言われます。情報の洪水とともに、すべての知識の相対化が起こって近代以降に苦労して築き上げた理念が崩され、各々の「信念」しか頼るものがなくなる。その信念に基づいて、互いに相手を否定し、激しく抗争する。ほとんど宗教戦争まがいの状態。
こういう混乱に対抗するするには、やはり自分がEducatedになるしかありません。広く深く知識を集めて、それを元に様々な問題を考える。失敗を受け止め、さらに努力する。安易に「個人的信念」に頼らない。そういう辛抱強い訓練を自分に課す。その訓練が、社会に圧倒的に欠けているように思います。
八月には「法科大学院小論文 夏のセミナー」が始まります。毎年のことですが、社会や法の問題を元に、自分の持つ知識を総動員して、法科大学院の出題する問題を考え抜くことをおよそ10回にわたって行います。毎年、この講座の中から、合格者が出て、社会の様々な具体的問題に取り組んでいくと思うと、小さいけれども重要な機会でしょう。
法曹になろうとする人々、不安な社会の中に、正しい知識と判断と思考力を持とうとする人々にぜひ利用していただきたいと思います。